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師範より

剣心会 35年の歩み

投稿日時:2012/06/10(日) 18:56rss

剣心会35年の歩み                師範教士七段 久保田隆治

 平成24年6月3日(日)剣心会創立35周年記念大会の開催にあたり、剣心会の歩みをふりかえってみます。当会は昭和53年6月6日に故鈴木雅道先生を師範、私が指導責任者として発足(習い事は六歳の六月六日の故事にならった )いたしました。

発足のきっかけは私が当時、勤務しておりました(株)学習研究社(学研)で剣道部の師範をしていただいていた雅道先生から部員数の減少もあり、会社施設である健保体育館の活用に地元少年たちへの剣道指導が前年の12月に提案されました。
会社の体育館ですので使用許可を得るため当時、副社長の古岡 勝(故人・大田区体育協会会長、柔道連盟会長、居合斬道連盟会長)に相談いたしました。当社は教育産業の出版社でもあり、会社として地元の方との一体化、青少年の健全育成に協力してお役にたてるのであれば大いにやりなさい、私も応援するからと快諾いただけました。


本来であれば直にお話できる方ではありませんが、剣道を通じて様々な機会にお話をさせていただいておりました。
組織づくりなどに半年の準備期間をかけ、会の名称は江戸時代の剣豪島田虎之助「剣は心なり・・・・・」の言葉より命名し、「学研少年剣道剣心会」としてスタートしました。


ここで指導母体であった学研剣道部について発足の時から遡ってみます。
学研健保体育館を練習場所としておりましたが、体育館ができる前は小池自治会館で行っておりました。(私はまだ入社前でした)小池自治会剣道部の師範が範士九段岸川辰次先生(故人・元警視庁剣道副主席師範、東京農大師範、元大田区剣道連盟理事長)で、指導責任者が岸川 明先生(故人・教士六段、元大田区剣道連盟事務局次長)でした。
そのご縁で体育館ができてから岸川辰次先生を師範にお迎えし、ご指導いただきました。
当時、先生が80歳くらいで弓で作られた杖をつかれて来られておりました。


私もまだ若く打突の速さには自信がありましたが、稽古のたびに先生の体に竹刀を当てることが出来ず、わずか2~3分で息があがってしまうほどでした。今にして思えば打つことなどはとんでもないことで、当てることすらままならず、剣道の奥深さを痛感しております。唯一、一度だけでしたが褒めていただいたことがありました。その時は胴を打ちにいき、打ち落とされずに垂に当たり、それで止めと声がかかりました。すべて剣先で払われ、打ち落とされておりましたのでその時だけは手に感触が残りました。「身を捨てて打ったのが良い、刀であれば切られていた」とお話しいただけました。その時は未熟でしたのであまり理解できませんでした。今の審査会での審査員の評にかならずあるのが身を捨てて打つことが大切であるとあります。後年、もっと早くからお会いし稽古をお願いしていろいろと教えていただいておればと思いました。


会が発足してからは会員も増え、一時には百余名にもなりました。
古岡先生のご支援による、学研が主催する地域社会武道大会(柔道、剣道、居合)の実行委員長になり、毎年開催いたしました。空手道、なぎなたの演武もあり、試合には剣心会の会員全員が参加しておりました。
岸川辰次先生とのご縁で指導に来ていただいたのが岸川 明先生、教士七段下重昌弘先生(小池自治会師範)、教士七段角田利生先生(元警視庁剣道助教)と雅道先生の諸先生方でした。
この諸先生方にご指導いただいた事が今の私の剣道、そして剣心会の剣道につながっています。また、諸先生方の推薦により五段以上が入会資格となる東京剣道同好会(例年六月に稽古会を当会でおこなっております)にも入会させていただき現在も続いております。


ブームもあり会員もつぎつぎと入会し、なかには親子で入会される方もありました。
一般として入会し、自身の稽古に励みながら指導の手伝いをしていただきました。近藤美代子さん(現四段・四段近藤 卓の母親)、波田野忠正さん(現五段)、川那子有史さん(現錬士六段)です。とくに近藤さんは初心者でしたが現在では努力の結果、四段まで取得されております。
そして錬士六段宇田川典子先生(元小池自治会)、錬士六段保坂 誠先生(馬込青少対)とも稽古での縁で現在に至っております。
永年の稽古場所であった健保体育館が老朽化と会社の都合により取り壊されることになり、平成10年10月に貝塚中学校剣道場へ移る際に「剣心会」と名称変更しました。


雅道先生は仲池上に住んでいらっしゃいましたが、身内の方の勧めもあり茨城の大洋村に転居されました。夏の合宿、周年大会にはわざわざおいでいただきました。
こちらからも先生の所属されている鹿島神武殿に何度か遠征稽古にうかがいました。
その折に師範の範士八段佐藤博信先生(元警視庁主席師範)から稽古をいただき、懐の広い大きな剣道を実感いたしました。さらに食事に同席させていただき飲む機会をつくっていただけました。その席で「君の剣は巧みだな」といわれたのが思い出の一つです。私ごときが普通では稽古をお願いすることも、ましてや一緒に飲むなど考えられませんでした。おかげさまで大変、勉強になりました。


雅道先生は剣を紳道無念流で六歳から学ばれ、書も師範をされており、雅道は書号です。
会の旗「剣心」の揮毫も雅道先生によるものです。
先生の剣道での教えをいくつかあげますと
・いつも稽古の前に全員で唱和する「三つの心得」
・「美」着装、礼、打突など
・「構え」打つとき、打った後、常に相手の正眼にとる
・「右手の使い方」竹刀との一体化
・「格」侍大将のような威風堂々の格
・「緩急強弱」書にも通じる
・「攻め」遠間でも近間でも間をあける事無く
・「剣道形」命をかけた剣道形
などがあります。詳しい説明は稽古の時にしたいと思います。


創立30周年記念大会にご出席されてから音信が途絶え、大洋村のご自宅を訪ねて平成
20年2月にご逝去されているのがわかりました。奥様に先立たれて御一人の生活でした。享年九十歳でした。合掌。
まだ教えていただきたかった事もあり、たいへん残念に思いました。


35年の歩みをまとめるにあたり、当時を想い出しながらこれからも「初心、忘るべからず」の気持ちで修行を積みながら、指導を続け、そして次の指導者を育てる事にも注ぎたいと思います。
 

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